第1話

追放されてラッキー

「フィーネ先輩。先輩の聖女の力、もう枯れちゃったんですって?」

大聖堂の朝、後輩のミレイユが小首をかしげて笑った。

その背後で、神官長(しんかんちょう)バルドが厳かに頷く。

「神託(しんたく)が下った。お前の浄化(じょうか)の輝きは衰えた。ミレイユこそ、次代の聖女だ」

私は祭壇(さいだん)の前に立たされたまま、ぼんやりと天井を見上げた。

衰えた? いいえ。

私の力は最初から、目に見える派手さがなかっただけ。

ミレイユの浄化は、確かに眩しい光を放つ。観衆が沸く。拍手が起こる。

私のはじみだ。土に染みて、水に溶けて、ゆっくり効く。

神官長には、それがわからない。

「辺境伯領(へんきょうはくりょう)クロイツへ送る。あそこは——呪われた土地だ。せいぜい祈ってこい」

ミレイユがそっと耳打ちしてきた。

「先輩、あの土地、作物も育たないボロボロの呪われた村なんですよ。かわいそう」

くすくす笑う声。

そうやって、彼女は私の地味な働きを横取りしてきた。

病人を癒やしたのも、枯れた畑を蘇らせたのも、本当は私。

でもミレイユは、最後にちょっと光らせて、人前で「治した」と名乗るのが上手だった。

別に、いい。

私は人に見せるために力を使ってきたわけじゃない。

私は荷物をまとめながら、内心で——少しだけ、わくわくしていた。

呪われた土地。作物が育たない。水も土も、何かに「侵されている」。

——それ、本当に呪いかしら?

ガタゴトと馬車に揺られて三日。

クロイツに着いた私を待っていたのは、灰色の空と、湿った風だった。

村人たちが遠巻きにこちらを見ている。誰も近寄らない。

「聖女様……うちの土地は、もうだめなんです」

老いた村長が、しわがれた声で言った。

「井戸の水も、なんだか塩辛くて。畑には黒い豆みたいなのが勝手に生えて、麦は枯れる。土を掘れば変な塩の塊が出る。だから——呪われてるって」

私は井戸の水を一口、舐めた。

塩辛い。そして、奥にほんのりとした旨味。

黒い豆を一粒、拾い上げる。

——これ、大豆だ。

土から出た白い塩の塊を、指でつまんで舐める。

にがり。塩化マグネシウム。

足元を見れば、ふっくらした穂をつけた草。あれは、麦じゃない、小麦に似た別の何か。だけど、製粉できそうな粒。

胸の奥で、前世の記憶がぱちりと音を立てた。

塩。大豆。小麦に似た穀物。きれいな水ではなく、ミネラルを含んだ水。

これ、呪いじゃない。

醤油の、宝庫だ。

「村長さん」

私はゆっくり立ち上がって、灰色の空に向かって、にっと笑った。

「この土地、呪われてなんかいません。むしろ、とびきりのごちそうが眠ってます」

村長がぽかんと口を開けた。

そのとき、空が陰った。

ばさり、と巨大な翼の影。

広場に降り立ったのは、漆黒(しっこく)の竜と、その背に乗った大男だった。

鋼の鎧。傷だらけの頬。眉間(みけん)に刻まれた深いしわ。

睨むだけで子どもが泣き出しそうな、コワモテの竜騎士(りゅうきし)。

「新しい聖女か」

低い声が、地を這うように響いた。

「俺がこの地を治めるヴォルフ・グランツだ。王家から直々にこの辺境を預かっている。言っておくが、ここに救いはない。期待はするな」

村人たちが震え上がる。

でも私は、彼の背後の竜の足元に視線を奪われていた。

小さな、手のひらサイズの子竜が、よちよちと私の方へ歩いてくる。

真っ黒な竜の子だけど、目だけは大きくてうるんでいる。

くんくんと、私の荷物の匂いを嗅いで——

きゅう、と切なげに鳴いた。

おなかが、ぐぅと鳴っている。

その荷物には、王都から持ってきたなけなしの食材と、一本の油の瓶が入っている。

私はしゃがんで、子竜の頭をなでた。

「ふふ。あなた、いい鼻してるね」

そして領主を見上げて、私は宣言した。

「領主様。一週間だけ、時間をください。この呪われた土地で——あなたの度肝を抜いてみせます」

第1話 追放されてラッキー

ページの先頭へ

BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『辺境に捨てられた元聖女、からあげ屋を開いたら竜騎士様が通い詰める件。』は、追放された元聖女が、前世の知識で辺境に唐揚げの香りを広げる物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。