第2話

俺の薬がないと、死ぬよ

ダンジョンを出て三日。俺は街の片隅に、小さな薬局を開いた。

棚に瓶を並べ、乳鉢(にゅうばち)で薬草を擂(す)る。誰の指図も受けない。眠る時間を削る必要もない。ただ、いい薬を作る。それだけだ。

「いらっしゃいませ。ご用件は?」

カウンター越しに微笑むと、訪れた冒険者たちが目を丸くする。俺の薬の評判は、想像以上に速く広まっていた。

「あんた、本当にあの《骨溶け》を治せるのか?」

そう言ってカウンターにすがりついたのは、ひとりの斥候(せっこう)だった。指が震え、肌が土気色に変わりかけている。瘴気(しょうき)を浴びた初期症状だ。

「ええ。うちの解毒ポーションなら」

最下層の瘴気は、近ごろ街の冒険者を蝕み始めていた。アレスたちが層を荒らし、封じが解けて瘴気が地上に漏れ出したせいだ。

俺は青い小瓶を差し出した。斥候が一息に飲み干す。

「……熱い。体の芯が、熱い」

「骨に溜まった瘴気を、汗と一緒に押し出している。三十分ほどで楽になる」

事実、その男は半刻(はんとき)も経たぬうちに、自分の足で立ち上がった。

「すげえ……関節の痛みが、嘘みたいに引いた!」

翌日からは、行列ができた。

膝が腫れて歩けなくなった戦士には、患部に塗る軟膏(なんこう)を。塗った夜のうちに腫れが引き、翌朝には剣を振れるまでになった。

瘴気で視界が白く霞むと泣いた若い魔導士には、目を洗う点眼薬を。三度さしただけで、彼女は再び魔法陣を読めるようになった。

三日寝込んで死を覚悟していた老斥候には、骨の再生を促す煎(せん)じ薬を。苦い、と顔をしかめながら飲み干したその夜、四十年ぶりに痛みなく眠れたと、男は涙を流した。

ひとり、またひとりと、立ち上がっていく。その全員を、俺の薬が救っていく。

「神様だ。あんた、命の恩人だよ」

——攻撃できない雑魚、か。

カウンターを拭きながら、俺はかすかに笑った。

その夜、店の戸を叩く音がした。

開けると、銀の髪に獣の耳をした少女が立っていた。雨に濡れ、唇を青くして震えている。

「助けて……あなたの薬が、欲しいの」

ノエルと名乗ったその少女は、伝説の獣耳種族の最後の生き残りだという。生まれつき種族特有の呪いに侵され、もう余命幾ばくもなかった。

少女の脈を取り、舌の色を見て、俺は息を呑んだ。

「冒険者の瘴気とは違う。これは生まれる前から血に刻まれた、古い呪いだ。根が深い。一気に抜けば、毒が暴れて君の体が先に保たない」

俺はそう告げて、三日がかりで彼女のための薬を調合した。

朝・昼・晩。少しずつ濃さを変えた薬を飲ませ、呪いを薄めながら、体を慣らしていく。一段抜くたびに容態を確かめ、次の処方を組み直す。気の長い、繊細な作業だった。

三日目の朝、呪いが解けた瞬間、ノエルの瞳に光が戻った。

頬に赤みが差し、冷たかった指先に体温が宿る。

「あなたが……わたしを、生かしてくれた」

その小さな手が、俺の袖をぎゅっと握った。

「ねえ。わたし、あなたのそばにいてもいい? あなたを傷つける奴がいたら——」

ノエルの牙が、ちらりと覗く。

「わたしが、噛み砕いてあげる」

看板娘ができた。店は連日の大盛況。俺は静かに、満たされていた。

そんなある日。ギルドマスターのガルドが、険しい顔で店に駆け込んできた。

「クルト。お前を追放した勇者パーティ——アレスたちが、ダンジョンから戻ってきた」

俺はカウンターから顔を上げた。

「全員、骨が溶けかけてる。あの瘴気は限界を超えると一気に来る。連中、もう猶予がほとんどない。最後の頼みの綱がお前だと気づいて、こっちに向かってるぞ」

俺はゆっくりと、店の看板に手をかけた。

ノエルの呪いには三日かけて慎重に抜いた。だが、限界を超えた骨溶けに残された時間は——もう、半日もない。

「ちょうどいい。営業時間です」

第2話 俺の薬がないと、死ぬよ

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『Sランクをクビになった調薬師、俺の薬がないとお前ら骨が溶けるけど?』は、パーティを追放された調薬師が、自分の店を開く物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。