「無能は一生裏方だ。お前はそこで荷物でも持ってろよ、陽斗」
黒木拓海が、配信カメラに向かって笑った。
その背後で、コメントが流れていく。
『拓海くん今日もイケメンwww』
『そいつ誰?荷物持ち?』
『底辺配信者の天野じゃね、登録者0人のw』
俺、天野陽斗は黙ってリュックを背負い直した。
登録者数、ゼロ。視聴者、ゼロ。
それが俺のチャンネルの全てだ。
同じ高校だった拓海は、いまや登録者五十万人の人気ダンジョン配信者。
俺はそのオマケ。回復ポーションを運ぶだけの、無料の運び屋だった。
「お前を仲間に入れてやってるのは、俺の優しさだからな」
拓海はいつもそう言った。
優しさ、か。
高校の頃から、こいつは変わらない。
俺の弁当を勝手に食って、宿題を写して、それでも周りには「親友なんだ」と笑ってみせる。
誰も、俺の言葉なんて聞かない。
ダンジョン配信が流行りだした頃、俺は思った。
ここでなら、何者かになれるかもしれない、と。
結果は、登録者ゼロ。
俺のセンスのなさを、世界が証明しただけだった。
「いいか陽斗、第三層の最奥まで荷物運べ。お前みたいなDランクでも、運ぶだけならできるだろ?」
「……第三層は、Cランク推奨だろ。危ないって」
「は? 文句あんの?」
拓海の取り巻きが、げらげらと笑った。
俺は何も言えなかった。
昔からそうだ。言い返せない。期待もされない。
ダンジョンの奥へ進むほど、空気が重くなる。
壁の苔が光り、足元の水たまりに自分の情けない顔が映った。
第三層、最奥。
荷物を置いた瞬間だった。
「じゃ、あとは頼んだわ」
拓海が、にやりと笑って踵を返した。
取り巻きたちも、ぞろぞろとついていく。
「え……ちょっ、待っ……!」
ゴゴゴ、と重い音。
背後の扉が、ゆっくりと閉じていく。
「拓海! おい、扉が!」
「ああ、それ"封鎖区画"な。一回入ると、内側から開かねえんだわ」
扉の隙間から、拓海の声がした。
「お前さ、邪魔なんだよ。底辺がそばにいると、俺の格が下がる」
「な……」
「安心しろ、運営には『はぐれた』って報告しといてやる。お前みたいな無能、誰も探さねえけどな」
ガコン。
完全に、閉まった。
「拓海!! おい!! 開けてくれ!!」
俺の声だけが、石の壁に反響して消えた。
闇の中、ひとりきり。
手持ちのポーションは、全部あいつらに渡した後だった。
残ったのは、空のリュックと――。
リュックの底で、何かがカチッと鳴った。
親父の形見の、古びた鉱石。
「黒鉄鋼」とだけ刻まれた、用途不明のガラクタ。
鑑定士に見せても「価値ゼロ」と言われた、ただの石ころ。
『これだけは、肌身離さず持っておけ』
死ぬ間際、親父はそう言った。
理由は、教えてくれなかった。
ダンジョン探索者だった親父は、ある日、帰ってこなかった。
遺品は、この石ひとつ。
俺はそれを握りしめた。
親父が遺した、たった一つのもの。
「……生きて、帰る」
そう呟いた、その時。
地の底から、地響きが這い上がってきた。
ズ……ズン……ズン……。
足音だ。とてつもなく、大きい。
闇の奥で、赤い光が二つ、灯った。
それは、目だった。
天井すれすれまである、漆黒の巨体。
全身が鋼のように硬く、見ただけで分かる――格が違う。
逃げ場のない封鎖区画で、俺は、それと二人きりになった。
頭の隅で、ダンジョン攻略wikiの記述がよぎる。
第三層には、絶対に存在しないはずの個体。
赤い目、漆黒の鋼の体――まさか、これは。
スマホが、勝手にブルッと震えた。
画面に、見覚えのないエラー表示。
『配信機能:再起動中……』
「……は?」
赤い目が、こちらを向いた。