第3話

運営権限で見えています

翌朝、私はいつも通りの時間に出社した。

ただし、両隣に、知らないスーツの男性が二人。弁護士の宇野先生と、警察手帳を持った刑事だった。

フロアの空気が、ぴたりと止まった。

「相沢さん……? なんで在宅じゃ」

黒田部長が、慌てて駆け寄ってきた。私はその横をすり抜けて、まっすぐ歩いた。

向かう先は、私の隣の席。望月梨花のデスク。

「おはよう、梨花」

梨花は、スマホから顔を上げた。私の後ろの二人を見て、笑顔が一瞬で固まった。

「……だ、誰、その人たち」

「私の弁護士と、警視庁サイバー犯罪対策課の方」

私は、机の上に一枚の紙を置いた。

「これ、なんだと思う?」

梨花は、紙を見た。『業界の良心』というアカウントの、アクセスログだった。

「投稿時刻、深夜二時十四分。アクセス元の端末ID。それから——」

私はもう一枚、紙を重ねた。

「あなたの表のアカウント、『RIKA』のログイン履歴。同じ端末ID。同じIPアドレス。全部、一致してる」

梨花の顔から、血の気が引いていった。

「そ、そんなの、捏造(ねつぞう)でしょ! どうやってそんな情報——」

「運営権限で見えています」

私は、静かに言った。

フロアの誰かが、息を呑む音がした。

「このSNSを運営してるのは、ファーストネクスト社。私、その会社の筆頭株主なの。発行済株式の、三割超。あなたが私を晒したそのプラットフォーム、持ち主はずっと私だったってこと」

「……は?」

梨花のスマホが、手から滑り落ちた。

「拡散も、炎上も、あなたの裏アカの正体も。最初から全部、こっち側から見えてたのよ」

宇野先生が、一歩前に出た。

「望月梨花さん。虚偽の事実を流布した名誉毀損(めいよきそん)、ならびに業務妨害。被害届はすでに受理されています。投稿ログ、端末情報、すべて保全済み。改ざんも削除も不可能です」

刑事が、淡々と続けた。

「のちほど、お話を伺います。任意ですが、ご同行いただけますね」

梨花は、立ち上がろうとして、よろけた。

「待って、結衣、これは、ちがっ……ただの、冗談で」

「二万件の引用リツイート」

私は彼女の言葉をさえぎった。

「あれ、全部、私への殺害予告や中傷も含まれてた。冗談で済む数じゃない。発信者の開示請求も、これから順番にかけていく。あなたが焚(た)きつけた火の後始末、ちゃんとさせるから」

そして、黒田部長を振り返った。彼は真っ青な顔で、後ずさっていた。

「部長。調べもせず、私を切り捨てましたよね。在宅でいい、会社のイメージがある、って」

「い、いや、あれは、君のためを思って——」

「いいんです」

私は、薄く微笑んだ。

「あなたみたいな人が、いちばん『風向き』に正直で、わかりやすいから。覚えておきます」

黒田の顔が、ぐしゃりと歪んだ。

その日、梨花は警察署へ任意同行された。後日、彼女は懲戒解雇され、十二万人のフォロワーは一夜で消えた。

捏造投稿は、運営によって削除された。代わりに、私の名誉を毀損した事実と、その発信者が特定された経緯が、正式なお知らせとして表示された。

私を叩いていたアカウントたちは、潮が引くように静かになった。中傷を繰り返した何件かには、宇野先生が順番に開示請求をかけている。匿名は、もう盾にならない。

ネットの私刑は、いつも一方通行だと思われている。叩く側は、安全な場所から石を投げられる、と。

でも、その安全な場所の地面を、誰が作っているのか。彼らは考えたこともなかったのだろう。

私は、いつもの席に戻った。

机の上のパソコンを開く。四千万人が使う、青いロゴ。

炎上は、もう鎮火していた。

私は紅茶を一口飲んで、誰にも聞こえない声で、つぶやいた。

「拡散する前に、誰の庭で踊ってるのか、確かめるべきだったわね」

窓の外は、よく晴れていた。

第3話 運営権限で見えています

ページの先頭へ

BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『裏アカで私を私刑にした同期、ログは全部こっちで抑えてます。』は、捏造スキャンダルで炎上させられた会社員の逆襲の物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。