第2話

筆頭株主

「単刀直入に言います。裏アカの正体は、もう特定できます」

その夜、私のマンションの一室。弁護士の宇野先生が、テーブルにノートパソコンを置いた。

私は彼に、一枚の紙を見せた。SNS運営会社の株主名簿。最上段に、私の名前がある。

宇野先生は、眼鏡の奥で目を細めた。

「相沢さんが、ここの筆頭株主。……正直、初めて聞いたときは耳を疑いました」

「目立ちたくなかったので」

私は本当のことを言った。

会社員の給料は、生活費に少しだけ。残りはすべて、相場に回してきた。リーマンの底で買い、コロナの底で買い増した。気づけば、一介のOLが、四千万人が使うインフラの三割を握っていた。

「手続きの話をします」

私は淡々と続けた。

「裏アカの特定は、本来なら発信者情報開示請求。裁判所を通して、普通は何ヶ月もかかる」

「ええ。気の長い話です」

「でも、私は被害者として、運営会社のコンプライアンス部門に正式な被害申告ができる。しかも申告者は、筆頭株主です」

宇野先生が、ゆっくりと頷いた。

「つまり——握りつぶせない。筆頭株主からの被害申告となれば、コンプラ部門は最優先で動かざるを得ない。手続きは全部、正規で、合法で、クリーンに。ただ、桁違いに速い」

「その通りです」

私は冷たい紅茶を一口飲んだ。

怒りはない。あるのは、ただ静かな確信だけだ。

復讐なんて、感情を爆発させた瞬間に格が落ちる。私がやるのは、復讐じゃない。

ただ、嘘をついた人間に、その嘘の値段を、正確に払わせるだけ。

「相沢さん。一つだけ確認させてください」

宇野先生が、ペンを止めた。

「炎上の最中、あなたは一度も反論しなかった。釈明もしなかった。なぜです?」

「反論したら、それが燃料になるからです」

私は答えた。

「嘘に嘘で応戦しても、見ている人には区別がつかない。だから私は、揺るがない証拠だけを、静かに集めていました。火が大きくなるほど、消したときの落差も大きくなる」

宇野先生は、しばらく私を見つめてから、小さく頷いた。

「……敵に回したくないタイプですね、あなたは」

「『業界の良心』のアカウント」

宇野先生が、画面を私のほうに向けた。

「正規ルートで照会をかけた結果が、今日届きました。登録メールアドレス、端末のID、ログイン履歴。投稿時刻、深夜二時十四分のアクセス元」

画面に、一つの契約者情報が表示されていた。

携帯キャリアの契約名義。住所。氏名。

——望月梨花。

予想通りだった。けれど、決定的だった。

「彼女、裏アカを作るとき、本垢と同じスマホを使ってますね」

宇野先生が、ため息まじりに言った。

「同じ端末から、表のインフルエンサーアカウントと、捏造(ねつぞう)投稿の裏アカ。両方にログインしている。ログが、全部繋がっています」

「証拠は」

「保全済みです。改ざんも削除も、もうできません。彼女がアカウントを消しても、サーバーには残ります」

私は、窓の外の夜景を見た。四千万人が、今もあのアプリを開いている。その光の海のどこかで、梨花も眠れずスマホを握っているのだろう。

「明日、出社します」

私はカバンに、株主名簿の写しと、開示資料の束を入れた。

「宇野先生、ご同行をお願いできますか」

「もちろん。ですが、もう一人呼びましょう」

「もう一人?」

宇野先生が、初めてかすかに笑った。

「名誉毀損(めいよきそん)と業務妨害。これは立派な刑事案件です。被害届を出せば、警察も動く。——明日、サイバー犯罪の担当者も同席します」

私は静かに頷いた。

弁護士。警察。そして、運営の全権。

「ログは、すべて抑えました」

宇野先生が、パソコンを閉じながら言った。

「あとは、本人の前で、開くだけです」

第2話 筆頭株主

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『裏アカで私を私刑にした同期、ログは全部こっちで抑えてます。』は、捏造スキャンダルで炎上させられた会社員の逆襲の物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。