第35話

ヒドラと根

澪(みお)が素材にしたのは、警察が後始末の中で拾い集めてきた、犯人側の死骸だった。

通報されて消された広告、凍結された口座、切り替わっていったIPの帯。半年ぶんの足跡を並べ直すと、もう半分は枯れていた。

「ドメインの寿命は数時間。IPも使い捨てる。全部、最初から捨てる前提で作られてる」澪は、抽出した一覧を眺めた。

「一束刈るより、向こうが生やす速度のほうがずっと速い。個別退治は――負け筋だわ。斬った端から首が増える、あの神話の化け物のヒドラと殴り合うのと同じ」

首を一本斬れば、二本生える。湧いた端から弾くのは戦術であって戦略ではない。止めたいなら、胴を断つしかない。

枝を追うのは、やめる。昼間、警察を見送ったあと、澪はもうそう決めていた。

澪は画面を切り替え、死んだ点と点を線で結んでいった。

「表層の顔やIPはいくらでも変えられる。でも――つながり方は変えられない。同じネットワーク、同じ決済経路、同じ口座。これらは、一から作り直すのにもコストがかかるから、向こうだって根っこは使い回すのよ」

「この使い回しがピボッティング。一個の枯れた枝から、まだ生きてる根っこを掘り起こす」

澪の指が走る。画面の上の点が、みるみる編み目になっていく。

「今までの網は、広告を一枚ずつ見て詐欺かどうかを当てる網だった。今度のは、点と点の“繋がり方”ごと見て、その一帯を当てる。人が手作業で見つけるんじゃない。山ほどの点と、その中身を機械に放り込んで、ネットワーク自身に『怪しい塊の形』を見つけさせる」

「……これは、違う」澪は、途中で膨らんだ塊を地図から外した。

その手つきに、御子柴が目を留めた。

「外すのか。せっかく浮かんだ塊を」

「同じホスティングサーバーを使ってるだけの無関係な企業。同じマンションに住んでるだけで家族とは限らないでしょう。だから、つながりは一種類じゃ信じない。決済も、口座も、何本も重なって初めて同じ生き物の体だと見なす」

御子柴(みこしば)が低く笑った。「冤罪を作りかけたわけだ」

学習を終えた網が、編み目のあちこちに、怪しさの濃い一角を浮かび上がらせる。

「コミュニティ検出と中心性。ばらばらに見えて、これは一つの組織。そして、この線が異様に集まる一点が、顔と言葉を配り直してる管理アカウント――配信の司令塔よ」

「つまり、塊を見つけて、真ん中を名指す」と御子柴。

「そう。でも、言葉を配る司令塔と、金を集める要とは別」

澪は、口座の網だけを別の色で囲った。

「警察が持ってた『凍結口座』と『金の足取り』――それを繋ぐと、根が像を結ぶ。名義を貸しただけの、金がただ通り抜けるだけの使い捨ての口座――マネーミュール。それが無数に、束になって一点へ吸い込まれてる。いちばん多くの経路が集まるこの口座が、金を吸い上げる集約口座。金の要よ」

無数の使い捨ての枝を束ねる根。その根の奥に、金を吸い上げる心臓がある。

だが、その中心へ集まる線の束の先端が、あるべき一点で、ふつりと途切れていた。

「……ここで途切れてる。奥に続く一点だけ、記録がない。無いんじゃなくて、消したのよ。いちばん肝心な中継ぎだけ、足跡を残してない」

澪は、同じ網に別の仕事をさせた。顔を当てるのではなく、繋がり方の癖から、まだ引かれていない線を推し量らせる。

「周りの点が、どう繋がってるかを見れば、次に伸びるはずの線が読める。これだけの本数が一点に集まってるなら――たとえ記録になくても、その真ん中には必ず何かがいる。点は消せても、そこへ向かう線までは消せない。残った線の束が、消えた一点の形を逆になぞってるのよ」

澪の指の先で、データ上には存在しない、空白の一点にうっすらと輪郭が滲んだ。

「……見えたわ」澪は呟(つぶや)いた。誰の記録にもない、姿なきハブの影を睨(にら)みながら。

地図はできた。だが、澪は喜ばなかった。

「言っておくけど、実在するかはまだわからない。機械が言えるのは“この位置に何かある”まで。裏を取るのは――警察の仕事よ」澪は、淡々と釘を刺した。予言を、断定に化けさせない。

「これは今夜だけの絵。明日の朝にはもう古い。でも、枝が変わっても根の手繰り方は変わらない。同じ手で、何度でも書き直せる」

澪は椅子の背に体を預け、凝った首を一度回した。その拍子に、いつも開きっぱなしの自社のログが目の端に入る。

「今回は、警察のデータがあったから根の形を掴めた。でも――この網は、別のデータに移しても同じように根を手繰れる。……つまり、うちが毎晩マコトで弾いてる、あの記録だけからでも」

御子柴は口を挟まなかった。警察の死骸を解いてみせた横顔が、もう次の庭を覗き込んでいる。彼はただ、その一角に灯りかけた光を、追いつけないまま見ていた。

第35話 ヒドラと根

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『ベイズの千里眼』は、データで嘘を見抜く天才と、彼女を支えるクール王子が、小さな会社を育てていく物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。