第24話

明日、学校で、全部バレる

もう、逃げ場は、どこにもなかった。

翌朝、目が覚めると、窓の内側が、うっすら、曇っていた。

優奈(ゆうな)のSNSは、静かに、燃え広がっていた。

昨夜の『幼馴染がバズ作家かもしれない件』の投稿に、クラスメイトたちが、次々と、反応していた。誰? 誰のこと? と。優奈は、名前こそ伏せていたが、思わせぶりなヒントを、小出しにしていた。

『小説書いてるって、昔から知ってた』『地味で、目立たない子』『でも、意外と、芯があるっていうか』

外堀は、もう、ほとんど、埋まっていた。

俺は、スマホを握ったまま、しばらく、動けなかった。名指しされる、その一歩手前で、みんなが、答えを待っている。あとは、誰かが、俺の名前を、口にするだけ。それだけで、全部が、決まる。

止める方法を、俺は、必死で考えた。でも、どこにも、なかった。優奈の記憶も、翔太の好奇心も、特定班の執念も、俺の力では、どうにもならなかった。

学校へ行くと、空気が、変わっていた。

廊下を歩くだけで、視線が、まとわりついてくる。あいつじゃないか、いや、と、ひそひそ声が、俺の背中を追ってくる。

教室に入ると、翔太(しょうた)が、俺を待っていた。

「よう、秋月(あきづき)」

にやついた顔で、俺の肩に、なれなれしく手を置く。

「なあ、優奈が言ってる幼馴染って、お前のことなんだって? 冬野結ってさ、お前なの?」

教室中の目が、一斉に、俺に集まった。

俺は、答えなかった。答えられなかった。

翔太は、俺の沈黙を、面白そうに、眺めていた。

「まあ、明日にでも、はっきりするよな。特定班、もうすぐ確証つかむらしいし。……お前が本物なら、俺、一枚噛ませてもらおうかな。同じクラスのよしみでさ」

打算の匂いが、ぷんとした。

こいつは、俺の正体を、自分の手柄に、しようとしている。バズった作家の、同級生。その肩書きを、着たがっている。

俺が、底辺だった頃は、視界にも入れなかったくせに。数字が動いた途端に、これだ。

人の目というのは、こんなにも、簡単に、変わる。俺は、そのことに、ぞっとした。もし本当にバレたら、この教室の全員の目が、こんなふうに、変わるのだ。

その日は、地獄みたいに、長かった。

放課後、俺は、コートの前も合わせずに、逃げるように、タワマンに帰った。

「もう、隠しきれない」

俺は、ソファに崩れ落ちた。

「明日にでも、バレる。俺が、冬野結だって。学校中に、この街中に」

こわかった。バレたら、静かに書けなくなる。あの六畳で、零時二分(れいじにふん)の一人に向けて書いていた、あの静けさが、二度と、戻ってこない。

暦(こよみ)は、俺の前に、そっと膝をついた。

そして、俺の、キーボードで硬くなった手を、両手で、包んだ。指先を冷やさぬための、あの手袋の上から。

「神様。一つ、訊いてもいいですか」

彼女の声は、静かだった。

「あなたが、こわいのは――有名になることですか。それとも、書けなくなることですか」

俺は、掠(かす)れた声で、答えた。

「……書けなくなることだ。誰かの夜に、届けられなくなることだ」

暦は、微笑んだ。

「なら、大丈夫です」

彼女の灰色の瞳が、まっすぐ、俺を射た。氷ではなく、燃えるような、静かな熱で。

「あなたが書ける場所は、わたしが、守ります。世界中が、あなたを、笑っても」

暦は、立ち上がった。

窓の外の、暮れかけた光を、背にして。

「明日、学校で、あなたの正体が、バレるでしょう。……止められません。もう」

俺は、顔を上げた。

「でも、覚えておいてください。神様」

彼女の声が、静かに、宣言した。

「あなたが、公衆の面前で、笑い者にされるなら――そのときは、わたしも、隠しません」

「……隠さないって、何を」

「わたしが、あなたの、いちばん古い信者だということを」

俺は、息を、呑んだ。

氷の令嬢。学校で、誰も近づけない、完璧無比な、あの如月(きさらぎ)暦。

その仮面を、彼女は、俺のために、公衆の面前で、脱ぐ気だ。

「暦。それは、だめだ。君が、どうなるか――」

「かまいません」

暦は、静かに、笑った。

「この仮面は、わたくしが、被ったものです。使いどころくらい、わたしが、決めます」

窓の外で、街の光が、一つずつ、灯りはじめた。

明日。

学校で、全部が、バレる。

俺が「冬野結」だということも。

そして――氷の令嬢の、隠された、その本性も。

第24話 明日、学校で、全部バレる

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『零時の神様』は、PV一桁の底辺WEB作家と、彼の小説を崇める氷の令嬢の物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。