第38話

読者は、作家に触れてはいけない

拝見して、いた。

観察だ。この人は同じ教室で、一年、俺を観察していたのだ。

「一年生でも、二年生でも、同じ教室でした。二度続けて同じクラスになる確率を、わたしは、あの春、生まれて初めて、神様に感謝いたしました」

「右手の、中指の、ペンだこ。……あんなに深いものは、板書を写すだけでは、できません」

暦(こよみ)は、一つずつ並べていく。

「一時間目は、いつも、眠そうでいらっしゃいます。零時に更新なさる方の、朝です」

「休み時間、ノートの端に、何か書いては、消していらっしゃる」

「……冬野結(ふゆのゆい)先生の、癖でした」

俺は、言葉が出なかった。

「わたしが数年かけて描いた、あの方の輪郭に。同じ教室のあの方は、ぴたりと、重なりました」

「じゃあ、確信してたんじゃないか」

「九割がたは」

暦は、淡々と話しを続けた。

「確かに私の想像の冬野結とあなたは重なりましたが、それはあくまで推測にすぎません。それと前に述べた通り、仮に確信したとして、話しかけるつもりはありませんでした」

「じゃあ、なんで」

俺は、やっと言った。

「なんで、あの日、来たんだ」

三年、しるしを残さなかった人だ。一年、同じ教室にいて、九割がた確信していて、それでも確かめなかった人だ。

こらえるのが、この人の生き方だった。触れないことが、掟だった。

その掟を、あの日、この人は自分から破った。

「あの日の、三日前の夜の、更新です」

暦は、そう答えた。

「最後の一行だけ、リズムが、違いました」

「……は?」

「読点の位置が、いつもの神様では、ありませんでした。息継ぎが、浅い。文が、閉じすぎている」

暦は、目を伏せた。

「あれは――終わらせる人の、書き方でした。わたしは危機感を覚えました」

俺は、口を半分開けたまま、彼女を見た。

あの日の三日前。優奈(ゆうな)に「イタい」と言われた、土砂降りの夜だ。それでも俺は、零時に投稿ボタンを押した。何を上げたのかも、ろくに覚えていない。ただ、もう、いいかな、と頭の隅で思っていたのは、たしかだ。三年やって一桁なら、もう。

誰にも、言っていない。どこにも、書いていない。

「そんなの」俺は言った。「書いた俺だって、気づいてなかったのに」

「三年、毎晩、読んでおりました」

暦は、当たり前のことのように言った。

「あなたの息づかいは、わかります」

「……それで、すぐ来たのか」

「いいえ」

暦は、首を振った。

「二晩、こらえました」

膝の上で、指が固く組まれていた。

「……次の夜の更新を読んで、読み違いだったと笑えれば。それで、よかったのです」

「更新は、したよ。俺」

「はい。来ました」

暦は、静かに言った。

「ですが、同じでした。……いいえ。ひどく、なっておりました」

第38話 読者は、作家に触れてはいけない

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『零時の神様』は、PV一桁の底辺WEB作家と、彼の小説を崇める氷の令嬢の物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。