第32話

ぱちぱち、と可愛い火花

──火花が、散っている。

それも、なんだか、ぱちぱちと、可愛らしく。

俺には事情がさっぱり呑み込めなかったが、とにかく、四人の機嫌が微妙にささくれていることだけは、分かった。修羅場になりそう、という空気では、なかった。むしろ、四人とも、どこか拗ねた子どもみたいな顔をしている。

俺は、手を、ぱん、と打った。

「えっと。じゃあ、せっかくですし」

冷蔵庫を開けた。

「みんなで、何か作りませんか。夜食、合作で」

提案は、思いのほか、すんなり受け入れられた。たぶん、四人とも、振り上げた拳の下ろしどころに、困っていたのだろう。

怜さんが、おでんの出汁を温め直した。まひるさんが、卵を溶いた。ゆめちゃんが、パンを切った。累さんは、俺がメンチを揚げる横で、ふらふらと油を見張った。揚げ物だけは、火傷が怖いので、俺が引き受ける。

俺は、その合間を縫って、四人の手の隙間で、火加減を見たり、塩を一振りしたりしていた。

やがて、食卓に、奇妙な献立が並んだ。出汁の染みたおでん。ふわとろのオムライス。はちみつトースト。肉汁のメンチカツサンド。

ばらばらの、四人の「特別」が、一つの卓に、ぜんぶ並んだ。

「……いただきます」

誰からともなく、四人が手を合わせた。

おでんを一口、オムライスを一口、トーストを齧り、メンチカツサンドに手を伸ばす。互いの「特別」を、こっそり、味見し合っている。

「……あ。このおでん、美味しい」と、まひるさん。

「でしょ」と、怜さんが、ちょっと得意げに。

「このトースト、やばい。なんで今まで黙ってたの」と、累さん。

「だから、私だけのって言ったじゃん」と、ゆめちゃんが、ふくれっ面で。

そうして、いつのまにか、四人は笑っていた。

互いの「特別」を、ひとつずつ、味見しては、「ずるい」だの「美味しい」だの、口々に言い合っている。さっきまでの、ぱちぱちした火花は、いつのまにか、湯気のなかに、溶けて消えていた。

考えてみれば、当たり前のことだった。腹を空かせた人が、四人いれば、俺は四人ぶん、飯を作る。それだけのことだ。誰か一人を特別扱いしているわけでも、ない。

なのに、四人が四人とも、「自分だけ」だと思い込んでいたのが、なんだか、おかしくて。そして、ほんの少し、いじらしかった。

「……なんか」

オムライスを頬張りながら、まひるさんが、しみじみ言った。

「みんなで食べると、いつもより、美味しいですね」

四人が、こくこくと、頷いた。

俺は、その光景を、カウンター越しに眺めていた。胸の奥が、じんわりと、温かかった。

「今日は、賑やかですね」

そう言うと、四人が、いっせいに、俺を見た。そして、なぜか、ふっと、目を見交わして、笑った。

「ねえ、管理人さん」

怜さんが、おちょこを傾けながら、言った。

「私たち、決めたことがあるんですけど」

「はい?」

「あなたのこと、もっと知ろうって。私たち四人で」

「……はあ」

何を言われているのか、よく分からなかったが、とりあえず、俺は頷いた。四人が、にっこりと、笑った。

なんだか、よくない予感がした。

その夜、四人が二階へ上がったあと。俺は、空いた皿を流しに運びながら、ひとり、首をかしげていた。

「……火花、ねえ」

呟いてみたが、やっぱり、意味は分からなかった。

足元で、小麦が、皿に残ったメンチの欠片を、物欲しそうに見上げている。

「お前にも、内緒の夜食、作ろうか」

その金色の頭を撫でると、小麦は嬉しそうに、尻尾を振った。

合作の夜食は、たしかに、一番美味かった。ただ、それだけは、よく分かった夜だった。

「管理人さんって、エスパーなんじゃないですか」

ある朝、まひるさんが、真顔でそう言った。

きっかけは、その三日前のことだった。

十月のはじめ。まひるさんが、しょんぼりと帰ってきた夜があった。

「どうしました」

「いえ……なんでもないです。ただ、ちょっと、疲れちゃって」

そう言って、彼女は二階へ上がっていった。

俺は、台所に立ったまま、しばらく考えた。カレンダーを、ちらりと見る。十月七日。

──そういえば。

俺は、冷蔵庫から、仕込んでおいた材料を取り出した。

第32話 ぱちぱち、と可愛い火花

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『常夜灯のおかえりご飯』は、冴えない管理人さんの夜食と、疲れた女性たちの「ただいま」をめぐる物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。