第22話

政秀寺

俺は、政秀のために、寺を建てることにした。あの爺の菩提(ぼだい)を弔うための、寺を。

それを聞いた家中は、また、ざわついた。

「殿が、政秀殿のために、寺を、お建てになるそうな」

「一人の老臣のために、寺を、一つ。……なんという、情の深さよ」

「うつけと侮っておったが……あれほど家臣を思うお方であったとは。我ら、見損なっておったやもしれぬ」

「父君の死には冷然、家臣の死には寺を一つ。……やはり、底が知れぬ。殿の御心は、我らの及ぶところではない」

また、だ。

また、皆、勝手に話を大きくする。

情の深い当主だの、底知れぬ御心だの。

違う。

俺は、ただ。

詫びたかった、だけだ。

俺の臆病が、俺の保身が、殺してしまったあの人に。本当のことを言う勇気を、最後まで持てなかった、自分の弱さに。

謝る相手は、もう、この世にいない。だから、せめて、寺を建てるくらいしか、俺にはできなかった。それだけの、ことなのだ。

寺の名は、政秀寺(せいしゅうじ)、とした。あの爺の名を、そのまま残した。

落成の日、俺は、一人で、本堂の前に立った。線香の煙が、まっすぐに立ち上っていた。あの葬儀の日、俺をあれほど怯えさせた、香の煙。

だが、今日は、不思議と、怖くなかった。

「……爺」

俺は、誰もいない堂に向かって呟いた。

「お前の言う、人並みの当主には、たぶん、なれん。俺は、これからも、怖がって、震えて、みっともなく生きていくと思う。うつけの面も、しばらくは、脱げそうにない」

煙が、ゆらりと揺れた。

「だが、一つだけ。お前のおかげで、覚えたことがある。人が死ぬのは、こんなにも、痛い。だから俺は、これから先、できる限り、人を生かして生きる。お前のぶんまで。……それで、許してくれとは、言わん。ただ、そう、決めたんだ」

帰蝶が、いつの間にか、隣に立っていた。

「殿」

「……帰蝶か」

「よい、寺じゃ」

俺は、頷いた。

「なあ、帰蝶。罪悪感というのは、消えるものなのか」

帰蝶は、少し考えてから、首を振った。

「消えはせぬ、と思う。じゃが」

「じゃが?」

「背負って、歩くことは、できる。お前は、これから、たくさんのものを背負うのであろうな。重かろう。じゃが、わたくしが、隣を歩く」

俺は、煙の向こうの空を見上げた。

消えない重さを、背負って、歩く。

それが、政秀が、俺に遺してくれた、たった一つの生き方だった。

こうして、俺は、初めての、本物の喪失を知った。人を傷つけることの痛みを、骨身に刻んだ。

それは、戦国の世を生きる男には、致命的なほどに不向きな心だった。

この優しさが、この罪悪感が、この先、何度も俺を泣かせることになるとは――

このときの俺は、まだ、知らなかった。

そして。

俺の試練は、これで、終わりではなかった。

政秀の死から、しばらく。

ようやく、少しだけ、前を向きはじめた俺を、次に待っていたのは。

外の敵でも、人混みでも、なかった。

血を、分けた、弟だった。

俺は、よりにもよって、最も殺したくない相手と、刃を交えることになる。

第22話 政秀寺

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『信長の野望 本能寺は変』は、戦国一の臆病者が「ただの優しい人間」に戻りたくてもがく物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。