第3話

うつけと呼ばれて

俺は、生まれてこのかた、ずっと何かに怯えて生きてきた。

朝、目を覚ますたびに、まず思う。今日も、誰かが俺を殺しに来るかもしれない、と。

薄目を開けて、天井の梁を確かめる。次に、寝床のまわりの闇を探る。人の気配はないか。畳の擦れる音はしないか。障子の向こうに、影は差していないか。そこまで確かめて、ようやく、詰めていた息を、細く吐き出す。ここまでが、俺の朝だ。

戦国の世だ。隣の国の大名も、同じ城の家臣も、下手をすれば飯を運んでくる小姓だって、いつ刃を抜くか分からない。父も、その父も、寝首をかかれるのを恐れて生きてきた。織田家の嫡男に生まれた、というのは、要するに「いちばん狙われやすい的」に生まれた、ということだ。

的は、逃げられない。的は、ただそこに在って、射られるのを待つしかない。そう考えると、朝から胃の腑(ふ)が、きゅうっと縮む。

だから俺は、町を歩くとき、こういう格好をする。

茶筅(ちゃせん)に結っただけの、ぼさぼさの髷(まげ)。湯帷子(ゆかたびら)を肩からだらしなく脱いで、片肌を出す。腰には火打ち袋に、瓢箪(ひょうたん)に、餅やら干し柿やらをぶらさげる。

餅を齧(かじ)りながら、腰の瓢箪をぶらぶらさせて、わざと足元をよろけさせて歩く。

那古野(なごや)の町衆は、俺を見ると、こそこそ袖を引き合って笑う。

「ご覧なされ、織田のお家の大うつけよ」

「あれが跡継ぎとは、尾張(おわり)も終いじゃのう」

聞こえている。全部、聞こえている。けれど、それでいい。むしろ、それがいい。

俺は、人が、怖いのだ。

笑っているこの町衆だって、本当は何を考えているか分からない。にこにこ近づいてきた誰かが、懐に短刀を呑んでいないと、どうして言える。膝をついて頭を下げてくる相手が、その懐で刃を握りしめていないと、どうして言い切れる。

無理だ。俺には、言い切れない。誰のことも、信じ切れない。だから俺は、近づかれたくない。近づかれるくらいなら、笑われていたほうが、ずっといい。

「あいつは変な奴だ」と思われていれば、人は距離を取る。距離が取れれば、刃も遠い。刃が遠ければ、俺は今日も生き延びられる。

このだらしない格好は、俺なりの、必死の鎧なのだ。笑われるための、渾身の細工なのだ。誰にも、言えないけれど。

――そのはずだった。

ところが、だ。ただ一人、町外れの古い茶屋の前で、白髪の老人が、笑わずに俺を見送ったことがあった。じっと、底を覗くような目で。

「……あのうつけ殿は、底が知れぬ」

そう、ぽつりと呟いたのを、俺は聞いてしまった。

やめてくれ、と思った。心の臓が、どくんと跳ねた。底なんてない。あるのは、震えている臆病な腹の底だけだ。うつけの皮を一枚めくれば、ただ怯えた男が一人、うずくまっているだけなのだ。それを、見透かさないでくれ。

俺は瓢箪の水を一口飲んで、老人に背を向け、足を速めた。背中に、あの目が張りついているようで、なかなか振りほどけなかった。

明日もまた、誰かが俺を殺しに来るかもしれない。うつけの皮も、いつまで俺を守ってくれるか分からない。だったら、やることは、一つしかない。

震える手を握りしめて、俺は思う。

――強く、ならなくては。

第3話 うつけと呼ばれて

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『信長の野望 本能寺は変』は、戦国一の臆病者が「ただの優しい人間」に戻りたくてもがく物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。