第10話

筋肉は裏切らない

「お前も――死ぬの、怖いか?」

そう訊いたとき、竹千代はしばらく俺の顔を見つめていた。

罠かどうかを、量っているのだ。うつけと名高い織田の若殿が、人質をいたぶろうとしているのではないか。そう疑うだけの分別が、この小さな体には、もう備わっていた。

だが、よほど耐えかねていたのだろう。

竹千代はほんの小さく、こくりと頷いた。

「……怖い、です」

か細い声だった。

「夜になると、今日も生きていられた、と思います。朝になると、今日は殺されるかもしれない、と思います。ずっと……ずっと、怖いです」

俺は息を呑んだ。

それは、俺が一度も声に出せなかった言葉、そのものだった。

「そうか」

俺は言った。喉の奥が妙に熱かった。

「俺もだ」

竹千代が、弾かれたように顔を上げた。信じられない、という顔だった。この大うつけが、織田の嫡男が、自分と同じことを言うとは思わなかったのだろう。

俺は、その場にあぐらをかいた。そして、ずっと一人で抱えてきた馬鹿げた結論を、初めて人に話した。

「俺はな、怖くて怖くて、たまらん。だから、考えた。逃げられんなら、せめて、殺されんように強くなるしかない、と」

俺は腕をまくって見せた。

齧ったサトイモと、夜ごとの鍛錬で作り上げた、岩のような腕だ。

「人は裏切る。味方も、身内も、いつ刃を向けてくるか分からん。信じられるものなど、何もない。――だが、これだけは違う」

俺は自分の腕をぴしゃりと叩いた。

「筋肉は、裏切らん」

竹千代が、ぽかんと口を開けた。

「鍛えた分だけ、必ず、応えてくれる。裏切らん。逃げん。命を、ほんの少しだけ、守ってくれる。――俺が信じられるのは、この世で、これだけだ」

我ながら、ずいぶん情けない人生哲学だ。

だが、竹千代の目が、その時、変わった。

怯えで濁っていた瞳に、ほんのひとすじ、光が差した。

「強くなれば……死なずに、済みますか」

「ああ」

俺は頷いた。嘘でもいい、この子にそれを言ってやりたかった。

「強くなれ。そして、生き延びろ。怖いまま、震えたまま、それでも生き延びるんだ。――一緒に、鍛えよう」

その日から、俺たちは、二人で体を鍛えた。

城の裏手で、棒を振り、石を担ぎ、組み合った。竹千代は、最初こそ青い顔をしていたが、日に日に、目に力が宿っていった。汗を流したあとは、少しだけ、夜が怖くなくなるのだと、嬉しそうに言った。

その気持ちは、俺がいちばん、よく分かった。

怖がり同士の、ちいさな同盟だった。

やがて、竹千代が三河へ帰る日が来た。別れぎわ、その子は、しっかりとした足取りで俺の前に立ち、深々と頭を下げた。出会った頃の、隅で震えていた子とは、別人のようだった。

「織田殿。俺、強くなります」

竹千代は言った。

「生き延びて――必ず、また会いに来ます」

俺はその背中を見送りながら、思った。

人が怖いはずの俺に、生まれて初めて、また会いたいと思える相手ができてしまった。

第10話 筋肉は裏切らない

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『信長の野望 本能寺は変』は、戦国一の臆病者が「ただの優しい人間」に戻りたくてもがく物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。