第39話

見抜かれた

それは、夜半のことだった。

俺はその日、嫌な報せをいくつも受け取っていた。美濃の斎藤が、こちらを窺っているという。家中にも、寝返りを疑われる者がいるという。

そういう報せを聞くたびに、俺の胸は締めつけられる。いつ、誰に、寝首をかかれるか。その恐怖が夜になると、いっそう濃くなった。

一人になった寝所で、俺は膝を抱えて震えていた。魔王の威厳など、そこには欠片もなかった。ただ、暗がりが怖くて、物音が怖くて、明日が怖くて、子供のように縮こまっている、一人の臆病者がいるだけだった。

帰蝶はその夜、奥にいて、側にはいなかった。俺は一人で、歯を食いしばっていた。

――そのとき。

すっ、と襖が開いた。

俺は、心臓が止まるかと思った。

刺客か。

そう思って振り返った先に、いたのは。あの猿だった。薬湯(やくとう)の椀を盆に載せて、藤吉郎がそこに立っていた。

しまった、と思った。

見られた。膝を抱えて震える、情けない俺の姿を。魔王でも何でもない、ただの怯えた男の本性を。

終わった、と俺は思った。こいつはこれを言いふらすだろう。第六天魔王は、夜になると一人で震えている臆病者だと。そうなれば、俺はおしまいだ。恐れられているからこそ、誰も手を出してこない。その恐れが解ければ、四方から刃が伸びてくる。

俺は、青ざめて藤吉郎を見つめた。声も、出なかった。

だが、藤吉郎は。

笑った。

にっこりと人懐こく笑って、藤吉郎はその場に膝をついた。

「殿の、ご立派なお覚悟」

そして、言った。

「この藤吉郎、しかと見届けましてございます」

俺は、息を呑んだ。

こいつは――何を、言っている。俺が震えていたのを見ただろう。怯えていたのを知っただろう。なのに、わざと。魔王の側で、話を合わせている。

「天下の難事を一身に背負われる御方は、夜とて心の休まる暇もございますまい。それでもなお、お一人で堪えておいでとは」

藤吉郎は、薬湯の椀をそっと俺の前に差し出した。

「お胃の腑が痛みましょう。これを、どうぞ」

俺は、その薬湯を見つめた。胃の薬湯だった。俺が緊張すると胃を痛めることまで――こいつは、知っている。

そのとき、俺は悟った。

この猿は、全部知っている。俺が魔王なんかじゃないことを。ただの怖がりで、優しいだけの臆病者だということを。ハッタリで、必死に化け物を演じているだけだということを。根こそぎ、見抜いている。

その上で。嘲笑いもしない。言いふらしもしない。ただ、黙って薬湯を差し出して、俺の側にいてくれる。

俺は、温かい椀を両手で包んだ。

帰蝶のほかに、初めて現れた。俺の、味方が。

第39話 見抜かれた

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『信長の野望 本能寺は変』は、戦国一の臆病者が「ただの優しい人間」に戻りたくてもがく物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。