第76話

金の天主

天主の中は、金でできていた。

壁も柱もふんだんに金箔(きんぱく)で塗られ、南蛮渡りの絵や玻璃(はり)の品が、ところ狭しと飾られていた。

宣教師たちは、それを見て目を輝かせた。

「おお、信長公はなんと進んだお方か。遠い南蛮の文物を、これほど好んで取り入れるとは。まさに、新しい時代を見通す先進のお方だ」

家臣も、口を揃えた。

「殿は、古いものにとらわれぬ。鉄砲しかり、南蛮の品しかり。誰も思いつかぬ、新時代の天才であらせられる」

違う。

何もかも、違う。

南蛮の品を集めたのは、もとはといえば、南蛮胴(なんばんどう)が欲しかったからだ。あの、遠い異国の職人が鍛えた、銃弾すら通さないという鉄の胴。

暗殺者に鉄砲で狙われても、あれさえ着ていれば、命は助かるかもしれない。そう思って、宣教師を城に招き、酒を出し、笑顔で話を聞き、ついでに一着、都合してくれと頼み込んだ。すると、宣教師は喜んで、南蛮の絵だの、硝子の器だの、脚の高い椅子だのを、次から次へと運んでくるようになった。

一着の胴が欲しかっただけなのに、気づけば、天主は南蛮の品で埋まっていた。というだけのことだ。

新しもの好きなんかじゃない。ただ、少しでも丈夫な防具が欲しかっただけの、臆病者だ。刺されて死ぬのが、撃たれて死ぬのが、怖くて、怖くて、たまらないだけの男だ。

そして、なぜ、壁まで金で塗ったのか。豪奢を好んだからか。違う。これにも、ちゃんと、俺なりの理由がある。

金は、よく光を返す。蠟燭(ろうそく)の明かりひとつでも、壁がぴかぴかと照り返して、部屋の隅々までが、昼のように明るくなる。

普通の板壁なら、灯りを何十も灯しても、隅には黒い影が残る。その影に、何かが潜んでいる気がして、俺は落ち着かない。だが、金の壁なら、光を跳ね返し合って、影という影を追い払ってくれる。

明るければ、暗がりに、刺客が潜めない。

夜、寝所の柱の陰に、誰かがひそんでいるかもしれない。そう思うだけで、俺は息が浅くなり、夜着の背が冷たい汗で貼りつく。だったら、暗がりそのものを、この城から消してしまえばいい。

つまり、あの金ぴかの天主は、南蛮趣味でも、天下人の贅沢でもなくて、「夜でも、どこにも暗がりを作りたくない」という、俺の、切実な怯えの結晶だった。

夜が怖い。背後が怖い。暗がりが、いちばん怖い。

だから、城ごと、まるごと明るくした。それだけのことだ。

けれど、それを口に出して言える相手など、どこにもいなかった。「儂は、暗いのが怖いのだ」などと言えば、天下がひっくり返る。だから、俺は今日も、うやうやしく金の間へ案内されては、宣教師や家臣の讃嘆を、こわばった顔で黙って聞いている。

世は、それを、革新と呼んだ。先進と呼び、天才と呼んだ。

俺は、ただ怖くて、夜通し灯りを絶やせなかっただけ、なのに。

第76話 金の天主

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『信長の野望 本能寺は変』は、戦国一の臆病者が「ただの優しい人間」に戻りたくてもがく物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。