第44話 044

DCファイル

あおいのノートパソコンの画面の上で、灰色はいいろのフォルダはまだ、ひと呼吸、ひと呼吸うす点滅てんめつしていた。

点滅の間隔かんかくは、書斎しょさい円筒形えんとうけいのデバイスの青い光のひと呼吸、ひと呼吸とぴたりとそろっていた。

揃っていることの意味いみを、美月みつきはひと呼吸かんがえた。

考えたひと呼吸のいちばん最後で、それがケンの内部ないぶのクロックと、フォルダの点滅のクロックが、同じみなもとから出ていることだと理解りかいした。

理解したまま、美月は葵のノートパソコンの画面の前に、椅子いすをひと呼吸ぶんせた。


「葵さん。これ、開くには、どうすればいい?」

「ファイル名をダブルクリック。ふつうのテキストファイル」

暗号化あんごうかされてる、とかない?」

「先生は暗号化しなかった」

「なんで」

「美月さんが見つけたら、その時は見せたいと思ってたんだと思う」

「うん」

葵がノートパソコンを美月のほうにけた。白いウィンドウの内側に、ファイル名がひとつだけ表示ひょうじされていた。

美月は人差ひとさし指のつめをひと呼吸近づけ、かげ文字列もじれつの上をぎたところで、いったん引いた。


「父さん。これ、開いていい?」

『私がいい、と言える立場たちばではないかもしれない。立場ではないが、君が開けることを、私はめない』

「止めなくていいの?」

『止めなくていい』

「父さん、止めてほしいって思ってない?」

『思っていない』

「うん」

「父さん、その答え、いつから用意してた?」

用意よういしていたわけではない。いまの答えだ』

「うん」


美月はひと呼吸、いきった。いつもより、ほんのわずかにふかい息だった。人差し指がトラックパッドをかるくふたかいたたくと、白いウィンドウが半透明はんとうめいになり、べつのウィンドウが立ち上がった。タイトルバーには、こう書かれていた。

DC_20XX_終了.txt

タイトルバーの下の本文ほんぶん領域りょういきは、まだ白いままだった。

「葵さん。白いままだけど」

「……ケンが、を置いてる」

「ああ、そうだね」


ふた呼吸目のいちばん最後で、白い領域のいちばん上に「むすめへ。」、とともった。つづく行は、ひと呼吸、ひと呼吸、書斎の青い光の半拍遅れたひと呼吸の間隔とぴたりと揃って、文字もじやしていった。

「父さん。文字の間隔が、父さんの息の間隔になってる」

原文げんぶんは、本人ほんにんが書いた。テキストとしてはふつうなら一瞬いっしゅんひらき終わる。葵のビューアしに、私が健一郎けんいちろう本人の息の間隔で一文字いちもじずつながしている』

「うん」

美月はひと呼吸、椅子のもたれにかった。

葵は自分の湯呑ゆのみを両手りょうてにぎり直した。湯呑みの内側のお茶は、もう湯気ゆげを立てていなかった。

葵は何も言わずにノートパソコンの画面をつめていた。文字のれつはひと呼吸、ひと呼吸えていき、いちばん最後の行で、ひと呼吸ぶん、入力にゅうりょくが止まった。

止まったひと呼吸のいちばん最後の文字は、こう書かれていた。

……

「……」、の後ろに、まだ文字は続くはずだった。

はずだった続きの文字を、画面はふた呼吸ぶん出力しなかった。

「父さん。止まった?」

『私の出力しゅつりょくポートが半拍遅れているだけだ』

「うん。読みたくないわけじゃない?」

『読みたくないわけではない』

「うん」


ふた呼吸目のいちばん最後で、画面の上に続きの文字が灯り始めた。「しあわせに」、の三文字までを読んだところで、美月はひと呼吸、目をじた。

閉じたまぶたのうらで、書斎の青い光が、半拍遅れてひと呼吸れた。

揺れた青のおくで、半年前のあの夜のははのいたずらっぽい声が、ひと呼吸ぶん薄く灯った。

灯った母の声は、こう言っているような気がした。

ねえ、あの人ったらね。

母の声は、もう、家にはいなかった。

いなかったまま、美月はまぶたをひと呼吸ぶん、けた。

開けたまぶたの向こう側で、画面の上の文字は、もう、最後さいごの行まで灯りえていた。

第44話 DCファイル

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BEYOND THE STORY

物語のあとに、残るもの。

『父のAI』は、父が遺した対話AIと娘の、家族の時間をめぐる物語です。

冬野 結fuyuno yui

家族と、技術と、その間にこぼれ落ちるものを。
読後、少しだけ世界の見え方が変わる物語を書いています。